前世療法をお受けになった方の感想⑧:    IgA腎症と前世とのつながり(感想⑦とのリンクあり)

 

 

小林健(仮名) 30歳 男性 神奈川県

 

    前世療法を知ったきっかけ

妹の前世療法を知ったことから

 

    これまでの病歴

不眠症の傾向があるが、精神疾患は特になし。

中学生の時に剣道部所属も虫垂炎。併発して、中学2年生時に慢性腎臓病を発病(IgA腎症)。

剣道が好きで練習に明け暮れて剣道部主将になるが、3年後には透析になる可能性があるとの診断で、泣く泣く引退。その後、食事制限、運動制限を受ける。高校生以降は運動厳禁、入退院を繰り返す学生時代だった。現在はほぼ回復し、要観察。

  一般的な生活を送れるまでに回復。

 

   前世療法を受けようと思った理由

妹の前世療法の変化を見たのが直接の契機。妹が前向きになる姿を見て、自分も変わりたいと感じたから。

   そう思ったのも自分の人生の中で、病気を発病してから入退院を繰り返し、

 大学に行くまで必死で闘病しながら4年間も月日を費やした。その遅れも有り、いくら努力しても結果が伴わず、進路では思った結果が全く出せなかった。

学士として研究をすすめて弁護士になるか、公共機関で自分の活路を見出したかったが、年齢も有り頑張ったが、全く関係ない民間就職を決めた。そんな自分にどうしても納得がいかず、憤りや不満を感じていたから。

 

   これまで他院で前世療法を受けたことがあるか。

ありません。

 

    前世療法についてこれまでどのような印象を持っていたか。

前世療法というのはTVで見たこともありましたし、

興味はありました。いつか機会があれば受けてみたいとは

漠然としてありました。

 

 

    前世療法を受ける前にどのような準備をしたか。

   寝る前に前世療法のCDを聞いていました。

  一回目はぼんやりとイメージすることが出来ましたが

 それ以後は眠気が出てきて、寝てしまうことがほとんどでした。

 

   どのような気持ち(心構え)で受けたか。

前世でどんなことを経験しているか少し不安だったが

自分が現在抱えている問題を根源的に知って、解決したいと思い、

リラックスして受けることが出来きました。

 

   施術中にどのような体験をしたか。

 

まず、強い日差しの風景が見え、砂漠の風景だと分かりました。国は今で言うサウジアラビアの辺りでしょうか。中東のイメージです。

それ以降、自分は他国との交渉役を任された何処かの国の家臣だということが

自然と思い出されるような不思議な感覚になりました。名前ははっきりとは思い出せませんでした。

以後、一部の固定した映像、スライドショーのような写真の映像を

見ることになりました。

状況としては、かなり古い年代で自分の国は他国(おそらくフビライ・ハンの時代です)との戦争中で長い戦争状況になっており、相手からの要求で自国から多くの人質を出すことが停戦条件でした。

しかし、人質は生贄という側面が強く、命の保証は全くできない状況に自分は憤りを強く感じました。

また、その中に自分が小さい頃から面倒を見てきた姫?の存在がありました。

彼女を含めて祖国の民を他国に交渉する前に多くの人質を出すことを、自分一人で反対しましたが、周りの賛同を得ることが全く出来ませんでした。

結局、交渉の決裂の懸念を周りに危惧され、砂漠の中に自分は取り残されたか、処刑されたかで温度差の激しい砂漠の中で、31歳の若さでありながら無念の想いで死を迎える映像が頭の中で再生されました。最後は朽ちて骨になる映像と、とてつもない絶望感と焦燥感が襲ってきました。仲間に裏切られたという思いと、「俺が理想を貫き通したから、結局、何も解決しなかった」という後悔と自責の念です。

 

 その後、記憶の書き換えをいたしました。自分の意見を押し通して、周りから孤立した自分の反省もあり、周りに自分の意見を伝えるだけでなく、相手の意見も聞き入れ、自分の賛同者を増やす努力をいたしました。妥協は一切嫌な性格でしたが、まわりの意見も聞いて、自分にとってのベストな解答でなく、「周りを含めたベターな解答」を求めるように致しました。結局は人質を出すことになりましたが、周りの賛同者と共に人質の生命の保証を粘り強く交渉し、こちらも譲歩を受けいれ、祖国の民の生命は犯さないようにと時間をかけて交渉しました。結果として、敵国の譲歩も引き出し、人質の生活レベルの向上を引き出すことに成功し、祖国に帰ることになりました。

役割を果たし、敵国から祖国に帰る時は本当に充実感が満たされ、「いままでやったことが叶った…」と生きて祖国に帰れる当時の自分の顔の映像と今までに感じたことがない充実感が出てきました

祖国に帰り、剣術の指導者として生きることになりました。良き伴侶にも恵まれ、子どもにも恵まれました。剣術指導の中で教え子がどんどん成長していく過程を見れることがとても幸せでした。最後は家族のみんなに看取られながら、家で安らかに死ぬことが出来ました。その時、今までにない充実感とこだわりや憤りが消えていく感覚を受けました。これで一回目の前世療法は終わります。

 

   施術を受けて考えたこと。

 

(1)前世の死

前述の通り、温度差の激しい砂漠で無念な死に方を迎えたことは現世でも繋がると考えました。

肉体的な面では、多くの要素を引き継いでいる印象を受けました。細かいところでは、小さい頃から外で遊ぶということも少なかったような気がします。今でも直射日光は苦手で、立ちくらみがするので、カーテンは閉めっぱなしということがほとんどです。

また、小さい時からそばに飲料水がないと落ち着かない性格でした。食欲というよりも何かを常に飲みたいという衝動に駆られていましたように感じます。

そして、大きなところでは中学に発症した腎臓病の症状と重なるような気がしました。

腎臓病の発症により、腎機能の低下により尿の排出の減少、体力の減少。結果として

厳しい食事制限、水分制限、運動制限を課されることになりました。

精神では生きたいという強い想いがありながら、肉体的には厳しい制限を重ねられた状況と前世の死が重なると考えました。

 

(2)現世の妹の関係について

私が守りたかった姫は、現生では、漠然とですが現世の妹と重なるような気がしました。本人にも前世治療のことを話すと、妹も自分はその姫だったような気がするというのです。そして、『ありがとう』と言ってくれました。

今まで不思議な感覚ですが、妹は単なる妹という存在を超えて、自分が守らなくてはいけない娘のような気がしていました。この強い義務感と使命感があった自分に疑問がありましたが、今回の治療で納得がいくような気がしました。

 前世で見守るという意思を達成できなかったので、今世では、妹の成長過程を見れることが出来て、妹の願いであった「看護師」になることを見届けることが出来たことは、このうえなく幸せだと感じました。

その後、妹との距離が開いた感覚が体感として生じました。これから自分は結婚を通して自分の道へ、妹は妹の道へ進むことになるのだろうという実感を持つことが出来たと思います。

 

(3)前世の因縁

 自分は前世で無念の死を迎えていることを知ったので、どこかで自分の信念を曲げたくない想いと、強固に自分の達成意欲が強い性格が腑に落ちるような気がしました。

 同時に矛盾していますが、内面では強い信念を抱えながら、どこか自信がなく

対人的には自分の意思を言うことが苦手でした。そのアンバランスが憤りを感じる要因なのではないかと考えるようになりました。

 今回の前世療法で根源的には「自分の交渉の失敗で、内部に裏切りを誘発し、無念の死を迎えてしまった」という想いが潜在的にあるのではないかと思うようになりました。今回の治療で前世の書き換えもして頂いたので、自分の意見を言うことに少し自信を持ちました。

 

⑩受けた後の心の変化。ポジティブな変化。副作用が生じた方はそれについてもお書きください。

 

(ポジティブな変化)

前世の自分の死を見つめなおしたので、自分の弱い所を見つめなおすことが出来た。

強い達成感を得ることが出来た。

 

(副作用)

繊細になり、潔癖症の傾向が出てきた。

普段気にしない所が汚く感じるようになりました。

 

 

   受けた後の体の変化。ポジティブな変化。副作用が生じた方はそれについてもお書きください。

 

(ポジティブな変化)

 眠気。よく眠れるようになった。

 

(副作用)

アレルギー症状。鼻炎、鼻づまりぼんやりして、眠気が多く出ている。

※毎年秋は花粉症で鼻炎になります。

前世治療後、耳鼻咽喉科に行き、

現在、アレルギー鼻炎の薬を服用して、眠気が強くでています。

前世療法とは関係ないと思います。

治療中は鼻づまりもくしゃみもなく、幸いでした。

 

    前世療法が今後の生活(人生)にどのように役立ちそうか。

 

とても役立つと思います。

自分の死、トラウマ、わだかまりを 見つめなおすことは

自分をよく理解するうえで大切だと思うからです。

 

   (今後の施術のご予定のある方は)今後どのような点について相談しようと考えているか。

    

    ・このポジティブな心境を続けていきたいということ

    ・治療後の今後の対応

    ・人生のガイドとの関係性

     ※自分自身の信仰を語る上で大切な存在がガイドとして出てきました。

 

⑭当院の施術・サービスについて、以下の点についてお書き添えください。

1.  当院を知ったきっかけ

妹の紹介

 

2.  良いと思う点

予定に合わせていただき、しっかりケアーをしていただく点

 

3.  このようにしたらもっと良くなる、と思う点。

特になし

 

4. ご要望。欲しいサービス等。

  特になし

 

⑯その他コメント。

 先生には兄弟ともに助けていただき、誠にありがとうございました。

このご縁に感謝いたします。次回のカウンセリングも楽しみにしております。

 

 

 

セラピストよりコメント:

小林健さんは、小林さつきさん(前世療法の感想⑦)のお兄さんです。妹さんが前世療法を通して大きく変化されていくご様子をそばで見守るうちに、ご自身も受けてみようと思われたのでした。

 

健さんの悩みは深刻でした。施術前のご相談で、健さんはこれまでの人生で、どんなに目標を掲げても、それが打ち砕かれてしまう、それが無念でならないと話されました。健さんは「社会が少しでも良くなるように貢献したいのです。それができれば死ねます。」と真顔で仰いました。いくら思春期に大病を患われたとは言っても、30歳の若者がこのままでは死ぬに死ねないという気持ちを抱えて生きておられるのです。これは尋常な事態ではありません。私は目を丸くして健さんをじっと見つめ、ゆっくりと「死ねるんですか」と尋ねました。健さんはきっぱり「はい。死ねます。」とお答えになりました。このような人生の目的に関する深刻な悩みには、前世が大きく関わっていることがあります。

 

日本の歴史、特に開国前後の歴史の好きな健さんにとって、イスラムの砂漠での人生は、意外すぎるほど意外な人生でした。砂漠で一人取り残され、のどがからからに乾いた状態で亡くなりつつあるご様子を体験されたとき、私は「今世でのつながりを探ってみましょう。どのような時に同じような状況を体験されますか?」と尋ねました。はっとしたように、健さんは「あっ、IgA腎症が悪くなったときです。症状が重くなるとのどがからからに乾くのです。」とお答えになりました。もしかしたら、砂漠の強い日差しの下で、脱水の為におそらく腎臓がうまく機能しなくなったことが直接の原因で亡くなったのかもしれません。今世でのIgA腎症というご病気は、前世の課題を持ち越してきた形になっていたのかもしれません。前世療法をお受けになったときの健さんのご年齢は30歳。砂漠で国の家臣として亡くなったのが31歳。正に健さんはこの時、人生の大きな節目に立っておられたのです。

 

セッションでは、今世では「生きる」ために、どのような選択をするか、大きな課題となりました。健さんは、「目標を掲げては挫折し、無念さを味わう」というパターンを繰り返しておられた為、私は記憶の書き換えをご提案いたしました。「ベストの解決策ではないかもしれない、でも、ベターな策を提案する」という学びは、非常に味わいのあるものでした。味方も得、「自分の大切な姫を人質に出すことは避けられない。でも、せめて生きてさえいてくれれば」という強い思いで臨んだ和平交渉に成功し、相手国を後にする健さんは、爽快感と達成感にあふれていました。私は「そのお気持ちを今世で感じられたら、死ねますか?」と尋ねました。間髪入れずに健さんは「死ねます」とお答えになりました。

 

さらに記憶の書き換えでは、今世で8か月後にご結婚の予定のある女性との満ち足りた人生が出てきました。姫とはその後会うことはできなかった。でも、同じ空の下できっと生きていてくれる、という思いは、健さんを強くしてくれました。

 

妹さんのさつきさんに対して、健さんは日ごろから自分の娘のように感じておられました。その理由について、健さんは腑に落ちたようにお感じになりました。本文中に、

 

「前世で見守るという意思を達成できなかったので、今世では、妹の成長過程を見れることが出来て、妹の願いであった「看護師」になることを見届けることが出来たことは、このうえなく幸せだと感じました。その後、妹との距離が開いた感覚が体感として生じました。」

 

という記載があります。この体感は、前世での学びが終了し始めた時によく生じる感覚です。

 

 

教育者として剣の指導に打ち込むお姿は、最近やっと巡り会えた、ずっとやりたかった教育関係のお仕事にもつながるのかもしれません。健さんの人生は、今まさに始まったばかりです。

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このビデオは、米国NY州にあるOmega Instituteにて行われたワイス先生のワークショップの模様が配信されたものです。ワイス先生が短い講演と集団退行催眠(Group regression)を行っています。