前世療法をお受けになった方の感想④ パニック障害と幼少時の 児童虐待(両親のDV(家庭内暴力)の目撃)1

仮名:鈴木まお  年齢:49歳  女性  千葉県

 

【診断名】パニック障害

 

【病歴】

2年前の5月から食事をした後に、血の気が引くような感じがあり、なんとなく三週間くらい続いていました。そのうち電車に乗って座っても、動悸と血の気が引くような症状が続き、ずっと緊張感が取れない状態となり、医者に行くにも待合室で待っていられないくらいになってしまいました。結果、パニック障害と診断され、抗鬱剤と安定剤を処方されました。最初の抗鬱剤が合わず、一か月ほどかなり不調でした。その後、合う抗鬱剤がみつかり安定剤とともに処方されています。

 

しかしながら、薬に頼らずに治していきたいと思い、漢方を処方してもらったり、更年期外来に行き、ホルモン治療もしておりますが、一年ほどは多少のぶり返しがあったりと、なかなか抗鬱剤を減らすまでに至らずにきておりました。

 

【人生の転換期】

約半年前から、大声さえ出せればいいと歌を習い始め、練習後にスッキリすることがわかり続けています。現在は、専門の先生について練習しています。しかし少し前、ちょっと歌を習うことを軽く考えていて、一度落ち込んでしまいました。上手くなることもよいけれど、人生半分は過ぎているので、楽しくできなければはいけないと最近気づきました。

 

また、先日友人より紹介された美容のお仕事の人たちと接していたら、年齢を重ねても生涯現役で生き生きとしていて楽しそうで綺麗にしていて、自分もそうなりたいと思うものに出会ったようなきがしました。私もその人たちと接していると、心がスッとしてスッキリする感じがしました。他人を綺麗に、楽しくすることによって、自分も綺麗に楽しくなれることをしていきたい。その中からもっと自分の幅も広がるのではとも思ってしまいました。

 

そうしていくことによって、病気も治るのではとも思っているところに、先生から前世療法の話を聞きました。漢方やホルモン治療も試みて、内科にも相談したり、無理をせず仕事をやすんだりといろいろ試しましたが、日々過ぎていくだけで効果が見えない状況にあったところで朗報でした。

 

もしかして、前世療法をきっかけに自分を変えられるのではないか!パニック障害を克服できるのではないかと思い試してみることにしました。

 

【親子関係の病気への影響】

物心ついたときから、父の母に対するDVをずっと見てきました。夕食にお酒をの飲むと特にひどくなります。以前こう言ったとか母の親戚がこう言ったとかを思い出し、どんどん怒りを増長させ、母に向けて物をなげたり、足や腕をつねったり、時には髪の毛を持ち振り回したり。外に声が聞こえてもお構いなしです。父は「他人は皆いい人、家族は自分に逆らう」とよく言っていました。

 

そんな母も、父の直してほしいことばかりを延々と話していました。私が母に「叱られないようにすれば」と助言をしても、「父が悪い」の一点張り。私が思うに、確かにDVをする父も悪いが、全く直そうとしない母にも問題があるのではないかと。

 

私が小さいころは我慢していたので(そのストレスが体の症状として出てしまい)、よくドキドキするとかで内科によく通っていました。

 

夕食時に父の怒りが始まると、父は私に別部屋に行っていなさいと避難させてくれてましたが、全く聞こえるので父が怖くてしょうがありませんでした。私がいなければ、この夫婦は仲良くなれるのかと寝ながら思っていました。

 

小学校1年時に、父兄参観があり、発表時に私は「父がお酒を飲んでいて何もしませんでした」と発表した時は、母が恥ずかしくて仕方なかったと!そして私に「他人の前では、よく言いなさい」と教えました。・・ダメな教えですね。子供は正直なのでなんでも話します。嘘をつけと教えたのですね。そして、嫌と言えずいじめの加担をし、動物虐待の加担もしてしまいました。

 

酔った父の運転で衝突事故を起こし、後ろに乗っていた私は大きなコブをつくり病院通いもしました。小学校低学年は、嫌な思い出が多いです。

 

父の怒りはほぼ毎日でした。高校までは、何とか家にいましたが、社会人になってからは、ほとんど残業し遅くに家に帰るようにしていました。結婚するのも、転勤族でほっとしました。

 

【母の認知症】

母は「(夫の怒りを)我慢していると、おかしくなりそう」とここ10年ほど、怒りを外に出すようになっていました。(認知症の始まりではなかったのかなと!)

 

主人は、家族大好きな人なので私に家に帰れと言いますが、帰るとほとんど父と母は喧嘩している状態のため帰るのが億劫になっていました。

 

そんな時、5年くらい前に母が自分でお琴やフラダンスが覚えられなくなったと認識し病院へかかったところ、アルツハイマー型認知症と診断されました。私はこれも、長年の父のDVを我慢してきたからかなと思っています。

 

認知症と診断されても、父は母への態度は変えられないと辛くあたっていました。

 

私が「(母親は)病気だから」といくら説明しても自分の性格は変えられないとの一点張りでした。

 

そんな状態が続いていましたが、翌年の12月に私が病気で手術をした際、私の入院中に父の熱が下がらなくなりました。私は入院中で思うように動けなかったため、父方の親戚の人に父を入院させてもらうと同時に、急きょ母を介護施設へ無理やり入れました。私が退院し実家に帰った次の日に父は亡くなりました。

 

DICという状態だったので、CTの診断しかできなかったとのことでした。おそらく「悪性リンパ腫」であろうと!

 

父側の甥姪には、子供の私たち夫婦が何もしていないと思われちょっと辛く当たられました。私たちも、主人は単身赴任中で私も入院中でしたので直近はなにもできませんでした。やむを得ず父方の従姉兄に頼むしかなかったのですが、父側の甥姪は母の介護保険の手続きから父の入院までさせられ、とても嫌だったようです。父は自分の甥や姪だからと、気遣いをしてきたのですが、そのことはいざという時には何の役にもたっていなかったということがよくわかりました。父側の甥姪には「甥とか姪は遠い存在だから」とか「お願いしますだけでは誰も動かないよ」と私が入院中にハッキリ言われました。父側の親戚は、皆こんな感じの冷たさがあります。母方は、皆仲が良く何を頼んでも問題ありません。つくづく、家族は仲良い中で育たないと人間的に暖かい人には育たないと思いました。

 

また、実家は父が亡くなり、母がホームに入り、たった1頭残った老犬だけになってしまいました。父の棺を家から運び出す時には、さびしそうな声で吠えていました。

 

もう老犬で、足腰が立たず、何とか1か月誰もいなくなった家で過ごし、2月の雪の日の次の日に、テラスから外に出たところで死んでいたそうです。私の家は実家から遠かったので、母方の従姉に庭に穴を掘って埋めてもらいました。従姉も犬を飼ったりしていたので、快く請け負ってくれました。実家に犬がたった1頭になってしまい、最後まで家を守って死んでいったことを思うと、切なくて切なくて今もその犬のことを思うと涙が止まりません。

 

その犬は、私の旦那が転勤先から持ってきて置いていったのですが、母にはその犬が拠りどころだったらしく、かなりかわいがっていました。

 

現在母は、認知度もかなり進み「要介護5」となっています。しかしながら、最初の呆け方も問題行動の多いものでした。家(母の実家)に帰ると逃走したり、暴力暴言がひどく当初入っていた介護施設ではかなり大変だったようです。面会度に、妄想の話とか、何か嫌なものが見えると訴え、私にも目つきが凶暴になってきていましたので。。。薬で抑え始めてから、どんどん認知度が進み、今はもう私もわかりません。しかしながら、最初の半呆け状態に比べたら、私的には楽になりました。

 

自分の生立ち~自分の入院、父の葬儀、母のホーム、会社へ復帰、会社でのストレスを経て、パニック障害に陥ってしまったと考えています。

 

    前世療法を知ったきっかけ

 

精神科受診時に先生より説明を受けました。

 

 

    前世療法を受けようと思った理由

 

パニック障害の治療に役立つと思いました。


 

    これまで他院で前世療法を受けたことがありますか?

 

なし

 

 

    前世療法についてこれまでどのような印象をもっていましたか?

 

催眠療法の一つとしか思っていませんでした。

 

 

    前世療法を受ける前にどのような準備をしましたか?

 

ワイス博士の前世療法の本を読みCDを寝ながら子守唄のように聞いていました。

 

 

    どのような気持ち(心構え)で受けましたか?

 

・パニック障害が薬を用いずに治るのであればよい

 

   ・気持ち、体の緊張を解く方法がみについたらよい

 

・前世のことは全くわかりませんが、何も考えず、単純に

   受けてすべてがよくなればと信じて受けてみようと

   思いました。


 

    施術中にどんな体験をしましたか?(→の後は施術を受けて考えたこと、前世との関連を記載)

 

最初に真っ暗の中に紫の輪が出たりなくなったりの繰り返しが生じました。その内に先生の誘導により真っ暗になりました。瞬間、ひげ面の頭ぼさぼさのテルマエロマエのような「おじさん」が瞬間見えたきがしました。そのまま消えて真っ暗になりました。

 

→現世では何だかわかりません。

 

次に、煙のようなもくもくとしたものがあるのを感じました。きな臭いようなにおいがします。煙が襲ってくるような感じとその中で人が燃えているような、ムンクの叫びのような人がいるのを感じます。私は、シマ模様の着物を着て、羽織を着て、頭は結婚式のような結髪で下駄をはいていたような気がしました。その姿で風呂敷包みを持って、その燃えている様子をみていました。

 

私は(建物の)中から逃げてきた感じがしました。場所は、日本橋とフッと思いました。

 

周りにお堀があって、そこに短い橋があり、その橋から出てきたところで見ています。

 

何だか、その場所は吉原の遊郭のようところだと感じました。

 

→セッション後思い出した名前は「お門」です。

 

私には幼いころからお線香の煙や実家の方の焼畑の煙で呼吸が苦しくなる症状がありました。8年くらい前には1年ほど咳が止まらす、呼吸器科で喘息と診断され、3年ほど喘息の治療をしました。現在は、抗アレルギー剤を服用しフルタイドを使用し、息苦しい症状が出たとき気管支拡張剤を飲んでいます。前世療法後、この2週間ほどは、気管支拡張剤の使用期間が減り、フルタイドも使用していません。

 

また、(今世で)一時期自分がおかしくなったのかと思うくらい、男性を求める時期があり、体の相性が合う人を探していましたが、残念ながらそのような人とは結ばれませんでした。

 

今の旦那は、体の相性は合わないためsexレスですが、親のような兄妹のような感じで接することができ、気持ち的に楽です。しかしながら、男女の関係ではないので、抱きしめたりと体をはって甘えることはできないししない!現世の夫婦間としては何だか間違っているような気がしますが、ホッとする間柄です。前世の性に対する嫌な面(体の交わり、嫉妬等)を払拭した関係でもあると言えるかもしれません。

 

次に、山の間に流れる細い川を高いところから見ている光景が一瞬見えた気がしました。

 

次に、髪の長い女の子がフッと浮かんできました。その女の子を家の外で立ってかばうよう抱いて立っている女性がいます。場所はバージニアの海辺で、御主人はひげ面の半ズボンにサスペンダーをし岸壁に座って仕事をしています。多分船大工か網などを直す仕事をしているようです。自分は女の子を抱いているお母さんのような気がしました。すごくさびしい感じでいつもさびしそうに海辺を見ています。

 

彼女の名前は「クレア」。彼女は、御主人の暴力で殴られたのかわかりませんが、倒れて死にました。でも残した子供のことが心配で、死んだ後もなお(魂は)子供の傍らに立っています。御主人は彼女の前にひれ伏している光景が感じられました。

 

彼女は、結婚前、御主人とお付き合いしていたときは、楽しく二人とも笑ってた感じがしました。だから、夫の暴力があってもなかなか御主人と別れることができませんでした。

 

→過去に3度全く同じ光景の夢をみました。左右に半島の出た入江の岩壁の上からの光景です。クレアがさびしい時にそこからずっと見ていた光景のような気がします。

 

現世では、父が母に対してDVを繰り返すのを子供の目線からみていた状況でしたが、前世療法時には、クレアという夫からDVを受ける本人であったので、現世と前世の立場が逆転していました。

 

私には強い口調で言われると引いてしまう性格があります。(不満であっても言い返せない)。大声で喧嘩している人たちをみると、ドキドキとしてきます。

 

人に同調し過ぎ嫌だといえないこともありました。・・・特に善悪の判断がつく小1の時、皆で集まってテレビを見る自習中だったでしょうか、1人の生徒の首を絞めていじめていた2人の生徒に「そっち持って」と言われ、いやだといえず首絞めいじめの加担をしてしまいました。親が呼ばれ問題になりました。

 

また、近所の姉弟がいじめっ子で、私かもう一人の子のどちらかがいじめられていました。ある時、その姉弟が猫いじめをし、その動物虐待に対し嫌だといえず加担してしまったことがありました。この小学校低学年時の2つの記憶は嫌な記憶として鮮明です。

 

母が認知症になったのは、長年のDVによる後遺症だと思います。

 

    受けた後の心の変化。ポジティブな変化。副作用が生じましたか?

 

・他人より自分を大事に生きるということを改めて感じた!

 

・自分を大事に生きることが成り立たないと他人を

 幸せにすることはできない

 

・人生1回しかないのだからと!

 

・副作用はでませんでした。


 

    受けた後の体の変化

 

 煙に巻かれる状況を見た後の変化→

 

 私には幼いころからお線香の煙や実家の方の焼畑の煙で呼吸が苦しくなる症状がありました。8年くらい前には1年ほど咳が止まらす、呼吸器科で喘息と診断され、3年ほど喘息の治療をしました。現在は、抗アレルギー剤を服用しフルタイドを使用し、息苦しい症状が出たとき気管支拡張剤を飲んでいます。

 

 今週は台風とかの気圧の変化なのか、喘息気味でちょっと

 気管が狭くなるのか息苦しかったため、気管支拡張剤を

 半錠ずつ飲み始めました。通常症状が治まるまで2~3日

 くらい続けて気管支拡張剤を飲まなければ治らなかったの

 ですが、先日の台風時の喘息気味は1日だけ飲んだだけで

 済みました。併せて、いつもPL顆粒も飲んでいましたが、

 飲まなくても済みました。前世療法後、この2週間ほどは、

 気管支拡張剤の使用期間が減り、フルタイドも使用していません。

 

 

    前世療法が今後の生活にどのように役立ちそうですか?

 

・物事の考え方、とらえ方

 

・心のコントロール


 

    今後どのようなことについて相談しようと考えていますか?

 

・自分にとってより良い、物事の考え方、とらえ方、心のコントロールができるようになりたいので、その方法について。

 

・薬を用いないようになりたいので、その方法について。


 

    当院の施術・サービスについて、

 

1当院を知ったきっかけ

 

→主治医より情報をいただいた。

 

 

2よいと思う点

 

→病院と違いゆったり相談できる。

 

セラピストよりコメント:

 

まおさんと半年ほど前に初めてお会いしたとき、まおさんはすでに治療中でした。なるべく薬を使わずに「治したい」という強い意気込みでご来院されたのでした。この言葉通り、まおさんは並々ならぬ意気込みで治療にあたられました。私がお勧めしたことを次から次へと真剣にこなしていかれるため、こちらもその熱意に心打たれておりました。

 

その甲斐があり、数か月前からまおさんに大きな変化が見られるようになりました。それまで事務職として仕事をしてきましたが、美容の方々と出会い、自分が好きなことをする喜びに触れたのです。元々が熱意のある方ですから美容にも誠心誠意打ち込まれ、みるみるうちに美しく笑顔が輝くようになってきました。それと同時に、仕事とのバランスに悩むようになりました。仕事はそつなくできるけれど、美容ほどの喜びはない。今後、どのように人生を設計していけばよいか、新たな悩みが出るようになりました。

 

私は今がまおさんの人生の大きな転換点だと感じました。子供の頃から家庭内に暴力があったため、まおさんは自分の気持ちを我慢しがちな人生を送られていました。それが「好き」という、彼女にとっては新しい気持ちを感じ始めて大きく変わられてきたのです。「好き」という気持ちは、まるで自分が息を吹き返すような感覚です。まおさんは生きる喜びに目覚めてきていたのです。

 

私は、まおさんが抱えてきた過去の重荷から解放され、自分の好きな道を自由に選べる人生を送っていただきたいと思いました。そのために前世療法をお勧めいたしました。

 

まおさんは「お線香など、部屋の中でたかれる煙がダメなんです。部屋の外だったら大丈夫なんです」とお話でした。施術中の体験で、建物の中で煙にまかれる場面、そして遊郭の描写もリアルです。遊郭での火事の体験は、主に部屋の中で起こっていましたので、今世での喘息の症状と何か関係があるかもしれません。前世療法を受けてから症状が軽くなったというのも、その関連を伺わせます。

 

通常、自分の性的な部分と向き合うのは難しいことが多いのですが、まおさんは勇気をもって向き合われています。旦那様となぜセックスレスな関係なのかという点についても「前世の性に対する嫌な面(体の交わり、嫉妬等)を払拭した関係でもあると言えるかもしれません」と、新たな意味を発見されています。

 

同様に、幼いころの家庭内でのDVの目撃者としての体験、いじめの加害者になってしまった体験など、通常向き合うことが難しい内容においても、まおさんは誠実に描写されています。まおさんは「これらのことはなかなか人に話せませんでした。もし自分の体験が誰かの役に立つなら嬉しいです。書くことで私も楽になります。」と話してくださいました。

 

まおさんは、今世では子供としてDVの目撃者としての体験をされていますが、前世では、クレアという女性として、DVの被害者としての体験をされています。不思議なことですが、施術中、まおさんは無意識に、当時の自分の夫に対して「御主人」と距離をとった表現をされていました。感想でも同様に記述されています。施術中に私が「彼はあなたの夫ですか?」と尋ねても「御主人は」という言い方でお答えになるご様子を見て、当時の体験のお辛さを推察いたしました。

 

一週間後、診察でまおさんにお会いしました。美しさは変わらず、加えて気持ちの落ち着いたご様子が見受けられました。いろいろなことに腑に落ち感があったようです。旦那様とご結婚されてから現在まで、子供の頃に受けた家庭内暴力の影響を、まおさんは努力してひとつずつ解消してきました。おかげで、現在、旦那様とはとても仲の良い関係を作っておられます。過去に受けた傷は辛いものですが、まおさんはそれを一つずつ解きほぐしながら、人に喜びを与える生き方に転換されつつあるのです。