日光修験道の前世

Title: A past life as a shugensha of Nikko Shugendo. Episode 1. (Shugendo: Japanese mountain asceticism-shamanism incorporating Shinto and Buddhist concepts; A person who practices shugendo is called a shugensha or yamabushi.)

 

オリジナルの記事はこちら(第一話 第二話 第三話

 

 

 

 

 

奥日光は奈良時代から修験者が修行したところです。江戸時代まで、奥日光での修験道は大いに栄えたそうです。写真のライトが点いている部分は、修験者の夏の修行ルートです(*)。

奥日光は、明治維新と共に大きな変化を遂げました。

奥日光での女人禁制が解けたのは明治5年。その後、外国人の外交官らが奥日光に別荘を作り始め、アーネスト・サトウが中禅寺湖湖畔の日光白根山が見える位置に和洋折衷の別荘を建てたのが明治29年。

奥日光を訪れた外国人の影響で、魚の養殖も始まりました。それまでは、中禅寺湖には、華厳の滝が険しすぎて魚が下の川から上がってこれず、魚はいなかったそうです。また、修験道の観点から、魚の養殖を禁じていたそうです。

明治維新後の変化は、修験道の立場からすると神聖な場を荒らす行為とも取れるので、修験者の中には、それらの変化を受け入れ難く、信じているものが崩れる経験になった方もおられるかもしれません。

* 写真は、栃木県立日光自然博物館の展示より。この博物館には、他にも修験道についての展示があります。写真の掲載は、博物館に許可を得ています。

https://www.nikko-nsm.co.jp/

 

 

 

 

 

奥日光を代表する華厳の滝(けごんのたき) は、日本三名瀑の一つです。97mの高さから垂直に滝が流れ落ちる音は圧巻です。戦前の昭和 5年に、滝の下まで100m下ることのできるエレベーターが作られ、現在まで続いています。

華厳の滝も、修験者の修行場所の一つだったようです。

先日の Spiritual Guidance-Base Coaching sessionのクライアントは、1000年以上昔に、奥日光で修行をしていた修行者の前世を思い出した女性でした。一緒に参加したのは、この女性の仲の良いご友人。

この女性は、目の調子が思わしくなく、視力や目の動きに問題が生じたのですが、西洋医学 (眼科)では診断はついたものの、治療法がないと言われました。また、持病のために、思うように体が動きませんでした。心と体はつながっているので、何とか治療方法を模索したいと、心の方面から治療に取り組むことしたのです。自分の病気を治して、その経験を生かして世の中に貢献したい、という強い願いを持っている女性でした。

目の治療のために、心の方面からどのようにアプローチするのが最適なのか。この女性のスピリチュアル・ガイドにガイダンスをいただきました。

スピリチュアル・ガイドは、「目を治すために、奥日光に行きなさい。」と勧めました。その理由はその時にはわかりませんでした。ですが、この女性にとって、奥日光は、心の落ち着く場所だったので、「心地の良い場所に行って、リラックスしなさい、ということなのかな。」という程度に考えていました。

セッション初日、奥日光は深い霧に包まれていました。中禅寺湖は雨で、午後にならないと船が出ず、華厳の滝は、霧に包まれ、瀑音しか聞こえません。トラウマが大きい時には、初日に目的の場所までたどり着かないことがあります。翌朝、再度出かけることにしました。不思議なことに、宿に戻ると、目の周りのこわばりをほんの少し自覚できるようになったのだのだといいます。

翌朝は小雨でしたが、霧が少なかったため、華厳の滝まで宿から歩くことにしました。

通常の状態では、滝は上から眺めるしかないので、皆でエレベーターで華厳の滝の展望台まで100m 下りていきました。

いよいよ到着。目の前に現れた荘厳な華厳の滝。この女性は、滝を正面から見上げる位置に立ち、じっと滝を見つめました。

滝の一番上から下の方に流れ落ちる水の流れを目で追っていたら、竜が上から下に向かって下りていくように見えました。滝の後ろの岩が、ぐにゃっと動いて、上に上がっていくように見えたりもしました。

この女性は、前世で、修験者として華厳の滝で滝行をしようとして、滝に降りる途中で足を踏み外し、顔や手を怪我し、体を強く打って亡くなったことを思い出しました。滝の周りは、100m近くある急な崖ですので、足を踏み外しても仕方がないほど。でも、その修験者は、その責任を感じすぎていました。自分が〇〇していたら、滝行ができたのに、と。

滝行を行って、自分を解放したかった、という思いが残っていたのでしょう。滝を見ながら、心を自分が滝行をしたかった位置に飛ばしました。白い衣を着て、手を合わせて、滝に打たれている昔の自分が見えました。1000年以上の時を経て、滝行の夢が叶ったのです。

しとしと雨が降っていたのですが、本降りになってくるまで、一時間近く、この女性は、傘もささずに、夢中で滝を見つめ続けました。滝と前世の自分の心が一つになっていました。

午前中に華厳の滝でセッションを行い、夕方になって宿に戻りました。日光湯元温泉の濃い温泉水に浸かり、浴衣姿で畳敷きの部屋で涼んでいると、目の周りに変化を感じました。それまでは緊張しすぎて気づかなかった目のこわばりをはっきりと自覚できたのです。

目の周りをやさしくマッサージしていると、突然筋肉がほぐれました。何かがごりっと取れ、筋肉がほぐれたかかのようでした。もう少し目の周りをさすっていると、左右の目の動きが均一になってきました。突然目の動きが回復したのです。

 

 

 

 

翌朝、この女性は不思議な夢を見ました。滝行をするために華厳の滝に降りようとしている修験者の自分を、誰かが後ろから突き落としたのが見えました。この人物は、修験道の先生をしており、この修験者の先生でした。

この先生は嫉妬のために、「この学生がいなければ、自分の立場を脅かされずにすむ。」と思い、誰が突き落としたかわからないように、そっとこの修験者に近寄って、背後から突き落としたのです。この修験道の先生は、今世でもこの女性にとって先生という立場の男性でした。しかし、彼女の方がよくできるために、この男性からパワハラを受けるような状況が起きていました。不思議なことに、華厳の滝に行くタイミングで、この先生との仕事を正しく終わらせるために立ち上がることが必要になり、勇気をもって関係を終わらせようとしていました。この前世を思い出すことは、その人間関係について、正しく見ることの手助けになりました。

その日、午後にかけて急に眠くなり、お昼寝をしてうとうと目覚めたところ、前世で修験者の自分ががけから落ちたところで目が覚め、周りに鹿がいて草を食んでいるのが心の像で見えました。この修験者はしばらくしてそーっと起き上がり、体が動くことを確認しました。そして、自然と深くつながりながら、滝の深いところまで知っていきました。滝行も終え、一人で山を下りていき、自分が役立つところで、人助けを始めました。前世の記憶が書き替わったのです。

修験者の時、スピリチュアルな能力に長けていたため、修験道の先生に嫉妬され、死んだ。そのために、この女性は、自分の直感を信じきれずに、科学的なものの見方にパワーを感じるようになっていたのではないかと思いました。この男性とは、今世では、科学的なことを扱う分野で、一時期先生と生徒の関係でした。ですが、科学者として適切ではない教育を行っていたため、この女性は苦しみ、自分が本当に離れることにしたのです。

それから、体の重さやこわばりが急に楽になりました。その日のうちに、この男性と仕事上の関係を終わらせるために、重要なステップを踏みました。自分を守るために、この人間関係を切らなければならない確信を前世から得たのです。

この女性は、「滝行ができなかったのは、足を滑らせた自分の不注意だと思っていたけれど、背後から突き落とされていたのはわからなかった。この修験道の先生は、学生に嫉妬する代わりに、自分の能力を上げるためにもっと努力して神々と深くつながっていくことが必要だったのではないか。これ以上、前世で起きたことの責任を自分のせいにするのはやめます。だって、私のせいではないのですから。同時に、先生を信頼して裏切られたのは事実。私は許しを選び、これからは、もっと、自分の生きたい方向に自分を解放します。自分の能力をもっと信じます。

中禅寺湖も華厳の滝も、落ち着きます。私を待っていてくれたのかな。前世でも今世でも、起きたことはつらかったけれど、今、意識状態が解放されて、大きく自由に変わってきているのを感じます。ですから、私には大切な学びだったのだと思います。」と仰いました。

同行したご友人は、自分も前世で修験者であったことをを思い出していました。不思議なことに、華厳の滝を一緒に眺めながら、正しいことが正しく見えますように、と祈っていたそうです。

前世をヒーリングし、今世を大きく動かすには、この女性は、前世で傷つき亡くなった場所に戻らなければならなかった。華厳の滝での出来事がつらすぎて、ほかの場所では前世を思い出せませんでした。そのため、スピリチュアル・ガイドが、まず、この女性が居心地がよいと感じる場所、奥日光に行くことを勧め、到着してから詳しい前世を思い出すよう導いたのです。前世の特徴の一つは、思い出すと、心身の症状が癒えること。この女性は、自分の直感や、思い出した前世を、ありのままに感じることができました。そうすればするほど、エネルギーが取り戻され、体と心が自由に楽になっていくことを感じました。苦い人間関係もすーっと消えていくように感じました。

「自分をもっと信じて進みたい。もう、自由になりたい」と、この女性は心から思うことができました。この女性は、修験道の歴史に改めて思いを馳せながら家路に着きました。この女性の新たな人生のための、決意を新たにするセッションになりました。